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資料種別 図書

現代日本映画論大系 4 (土着と近代の相剋)

詳細情報

タイトル 現代日本映画論大系
出版地(国名コード) JP
出版地東京
出版社冬樹社
出版年 1971
大きさ、容量等 575p ; 20cm
価格 1500円 (税込)
JP番号 75044703
巻次 4 (土着と近代の相剋)
部分タイトル 欲望は土着の底へ 今村昌平 ボクの『にっぽん昆虫記』論(斎藤竜鳳) 『にっぽん昆虫記』と日本政治(松下圭一) 今村昌平(浦山桐郎) 私たちは同質か異質か(石堂淑朗) 映画対文学・市民対庶民(倉橋由美子) 土着派の生理(寺山修司) 大島渚 棺の中の悦楽(いいだ・もも) "鳩"になった大島渚(斎藤竜鳳) 『白昼の通り魔』について(大島渚) わが『白昼の通り魔』批判(石堂淑朗) 斜面こそ悪魔の跳梁にふさわしい(大和屋竺) 吉田喜重 反戦映画としての『嵐を呼ぶ十八人』(小川徹) 『赤い殺意』と『日本脱出』(飯島耕一) 視線からの解放(矢島翠) 沈黙と欠落(矢島翠) 新藤兼人 新藤兼人は『母』で何を描いたか(小川徹) 『母』における歌の契機(田村孟) 観世先生の第三次インポテンツ期のために(佐藤静子) 若松孝二・足立正生・大和屋竺 滅亡愛の楽園(種村季弘) 性は復讐の為にあるのか(佐藤重臣) 死臭ただよう衛生博覧会(佐藤重臣) 『裏切りの季節』評(長部日出雄)
部分タイトル 東京オリンピックー近代状況と脱出願望 『東京オリンピック』をめぐって スポーツを越える美学を(虫明亜呂無) 素人っぽい目・たわいない笑い(清水晶) 東京五輪映画論争への優雅な感想(佐藤美津男) 脱出と変身への願望 家庭-または幸福の問題(寺山修司) 映像は不在感を埋め得るか(佐藤重臣) 『マタンゴ』から『何か面白いことないか』まで(佐藤忠男) 誘惑への回帰(虫明亜呂無) 『他人の顔』評(矢島翠) サントロペを探せ(渡辺武信) 砂と虫の理想(小川徹) 蔵原惟繕・黒木和雄 祭のなかの孤独(矢島翠) 心情と知性の生き別れ(佐藤忠男) 『とべない沈黙』論ノート(松本俊夫) バカとど根性-泰平劇の再認識 『風流夢譚』の方法が閉されたあとの訴えかた(鶴見俊輔) 「日本人」という発想を崩すもの(小川徹) 代理人の思想を排す(小川徹) バカとど根性(佐藤忠男) 純愛ムードと全身性感帯論(栗田勇) 市さんがかわいそう(佐藤静子) 山田洋次論(佐藤忠男) 黒沢明の世界(長部日出雄)
部分タイトル 政治状況劇の諸相 『武士道残酷物語』批判(戸井田道三) ボクの軍隊論(斎藤竜鳳) 清河八郎の「空しい高笑い」について(小川徹) 諸君はそれほど平和が嫌いか(佐藤忠男) 暗殺者たちのポートレート(種村季弘) 「怨念」の堆積(佐藤忠男) 状況を日本の外にありとする者は誰か(石堂淑朗) やくざ・軟派映画 空虚なる正義の群れ(柳田邦夫) 遊び人になるための映画のすすめ(斎藤竜鳳) 男性映画とは何か(佐藤忠男) 『乾いた花』評(虫明亜呂無) 『兵隊やくざ』評(鈴木志郎康) 石井輝男論のための覚書(佐野美津男) 日本男児のせめてもの生甲斐(野坂昭如) これだけは腹をたてたい(矢島翠) 映画的ヒーローの成立(渡辺武信) やくざ路線の美学(渡辺武信) 鶴田親分の勇み足(渡辺武信) 匿名世代の抬頭とは何か(梶間俊一) 大衆映画は旧態を墨守せよ(種村季弘) 他
出版年月日等 1971
件名(キーワード) 映画--日本
NDLC KD652
NDC 778.21
対象利用者 一般
資料の種別 図書
言語(ISO639-2形式) jpn : 日本語

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