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資料種別 図書

現代日本映画論大系 1 (戦後映画の出発)

詳細情報

タイトル 現代日本映画論大系
出版地(国名コード) JP
出版地東京
出版社冬樹社
出版年 1971
大きさ、容量等 609p ; 20cm
価格 1500円 (税込)
JP番号 75044700
巻次 1 (戦後映画の出発)
部分タイトル 戦後映画の出発 廃墟の中のスクリーン 廃墟の中のスクリーン(波多野哲朗) 映画論-抵抗と継承 映画の空間(中井正一) 映画の時間(中井正一) 笑い猫(花田清輝) 闇のなかで(堀田善衛) 焼跡に美学はあったか 『大曽根家』回顧(木下恵介) 『わが青春に悔なし』評(瓜生忠夫) 『野良犬』の問題(野間宏) 『酔いどれ天使』評(今村三四夫) 小津と吉村の作品(津村秀夫) 『不死鳥』評(清水晶) 『夜の女たち』と悪の感覚(津村秀夫) 『素晴らしき日曜日』評(瓜生忠夫) 日本映画ベスト・テン審査発表(「映画展望」) "解放"と民主主義 戦争責任の追及 映画戦争責任者の解明(自由映画人集団) 映画芸術家の反省と自己革新に就て(家城巳代治) 戦争責任者の問題(伊丹万作) まず主として私自身について(岩崎昶) この映画人を見よ(大熊信行)
部分タイトル 東宝争議 東宝争議(四条貫哉) 『戦争と平和』という映画(小田切秀雄) 悪意と能力について(瓜生忠夫) 座談会日本映画と近代精神(司会:岩崎昶) イデオロギー批評の展開 映画批評家の責任(岩崎昶) 批評家に訴う(亀井文夫) 小津安二郎論(森野真一) 地方弁の映画批評(高木義夫) 戦後映画演出五人男(井沢淳) 『女の一生』の分析(吉村公三郎) 実感と印象の批評 映画批評の批評(北川冬彦) 『女優』評(上野一郎) 後味について(双葉十三郎) 津村秀夫論(井沢淳) 日本映画にヘドを吐く(三好十郎) 日本映画の「思想のあり方」(清水晶) 映画論への散策(清水晶) 映像(杉山平一) セルロイドのカーテン(南部圭之助) 伊藤・稲垣・溝口(飯田心美) 時代劇論(筈見恒夫) 木下恵介論(登川直樹) 小津安二郎抄論(滋野辰彦) 独立プロ運動とその波紋 反戦主義と平和主義 この三人(岩崎昶) シナリオ『きけわだつみの声』を読んでの感想(真下信一) 守衛の言葉(阿部津枝) 転落の詩集(MEAU生) 日本映画の芸術方法(八住利雄)
部分タイトル 思いつくまま(今井正) 反戦映画は果して反戦映画になっているか(長島又男) 戦記映画を診断する(清水晶) 独立プロに期待する(野間宏) 戦争映画の問題(大熊信行) 『壁あつき部屋』その他(小川徹) 戦後日本の悲劇について(瓜生忠夫) 平和を守る映画(岩崎昶) ネオ・リアリズムと戦後思想 文学から映画へ(新藤謙) 現代美学の危機と映画理論(中井正一) リアリズム論の行方(馬場英太郎) 新しい性格の創造を(神田貞三) 戦後映画の成熟-黒沢・木下・吉村ほか 『羅生門』と日本映画(黒沢明,木下恵介,谷口千吉) 黒沢明論(増村保造) 『七人の侍』評(桑原武夫) 映画アプレゲール(高橋英一) 『森の石松』と『どぶろくの辰』(岡本潤) 吉村公三郎(岩崎昶) 悲劇・喜劇・活劇(花田清輝) 微温的な善玉映画(井沢淳) 『血槍富士』評(荻昌弘) 対談映画に描かれた人間悪(武田泰淳,岡本博) 嗜虐と耽美(新藤謙) 成瀬巳喜男論(滝沢一) 他
出版年月日等 1971
件名(キーワード) 映画--日本
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NDLC KD652
NDC 778.21
対象利用者 一般
資料の種別 図書
言語(ISO639-2形式) jpn : 日本語

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